今は昔・・人々がまだ風とともに生きていた頃、北の実りを積んだ船が、日本海航路を上方に向って帆を広げていました。
 
 航路のへその部分にあたる隠岐の国の西郷港は北前船の風待ち港として年間三千隻もの商船を迎え、商業を発展させていました。そして、様々な人々が行き交うことによって全国の文化が融合し、隠岐独自の文化をつくりだしていきました。
 
 料亭から聞こえてくる北や南の民謡、商店の店先を飾る様々な商品、近代化された町並み。全国に名を轟かす豪商。
 
 明治25年に西郷を訪れた小泉八雲は、かつての西郷の繁栄の名残を書き綴っています。
「西郷は、驚くべき町であった・・・・」
          (明治日本の面影)
 
 当時の西郷は風とともに生きていたのでしょう。しかし今、私たちは、隠岐の文化をつくり育ててくれた風をやっかいものとしか感じなくなっているのではないでしょうか?
 
 より効率的なエネルギ−によってつくられる快適な暮らし。ストレスのない生活、都会的な暮らし。希薄になる色合い、失われるコミュニティ−。
 
 西郷は、快適さと引き換えに、自身のアイデンティティ−を失ってきたようにも思えます。
 
 地方の時代が叫ばれて久しい今日、私たちは原点に帰り、風を受け止めてみたいと考えるのです。
 
        風待商店街は、西郷港界隈の商店を歴史というキ−ワ−ドで繋ぎます。
 
 そして、北前船が育てた商業の歴史を未来へと繋げます。




[かぜまちヒストリー]

■2000年7月、西郷港界隈にある商店の若手経営者を中心に結成される。約20店舗が参加。名前を「風待商店街」と決める。
■2000年8月、西郷町夏祭りに、屋台で参加、かぜまちイカを販売する。
■2000年秋より、屋台の収益で講師を招き、ホームページ作成へ向けて、ホームページ講習会を実施。
■2001年春、かぜまち商店街ホームページをアップする。大阪此花区商店街、松江学園通り商店街と相互リンク。
■2001年夏、西郷町の夏祭り、河童交流会に屋台を出店。
■2002年、夏祭りでマヒマヒバーガーを販売500個を完売、河童交流会で、かぜまちシーフードカレーを販売。かぜまち商店街ポスター、ロゴ入りティーシャツ、キーホルダーを制作。かぜまちスタンプラリーを実施し、約200人の参加。
■2003年、夏祭り、河童交流会に屋台出店。かぜまちスタンプラリーの実施。ギャラリーかぜまちの実施。看板制作。ホームページリニューアル。
■現在協力店舗も加えて約30店舗が参加。





(所在地/島根県隠岐郡西郷町)